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お友達価格について考えたこと

少し前のことなんですが、とある短編映画を観にいきました。

その映画の監督は僕の大学時代の友人。大学1年生の時に青春18きっぷで東京から新潟旅という大学生らしい経験を共にした間柄です

そんな友人が監督を務めた作品が名古屋で観られることを知り、映画館に足を運びました。作品を見終えて感じたことは、作品への感想もさることながら、友人がプロとして世に送り出した作品を、お金を払って観ることができるという喜びでした。

この感覚は自分でも意外なもので、ふと「お友達価格」について考えるきっかけになりました。

僕のお店にも友人が来てくれることがあります。なかには県外から名古屋に来たついでにわざわざ足を運んでくれる人も。そんな友人への感謝からお友達価格で少しお安く、なんてことを考えたこともあったのですが、前述の映画鑑賞で自分がお金を払う側になり考えが少しまとまりました。

「お友達価格」

クリエイターさん界隈では「お友達価格問題」というテーマがあるようです。「お友達価格で(安くして)」と言われてしまうと断りづらい、何も言われずとも定価で請求しにくいという心理的ハードル。僕自身「安くしてよ」と言われたことは無いのですが、ありがたさやら遠慮やらでそのままの価格は頂きにくいとは思っていました。

ただ、自分が消費者になったとき、友人が心血を注いだ商品やサービスに対してきちんと定価で払うということは嬉しいことだと思いました。なぜそう思ったかをすべて説明することは難しいのですが「お金に気持ちが宿るとはこういうことか」という感覚が近いです。

そう思ったときに、こちら(売り側)の遠慮から「お友達価格」で提供することは、相手が喜ぶことなのか、ましてやタダでプレゼントなんてことは、本当に相手は喜んでいるのかと疑問に思うのです。自分は、タダにしてもらったときに、次回以降利用しにくくなるので、継続的なお付き合いをしていくためにもきちんと対価をお支払いしたいと思っています。(交互に購買関係が発生するような持ちつ持たれつの関係の場合は例外もありますが)

自分が嬉しいことをベースに

もちろんタダでラッキーとか安くてラッキーという考え方があることはもちろん理解しています。ただここでお伝えしたいのは、「自分が嬉しいことをベースに相手に喜んでもらうことを考える。」ということです。文面だけ見ると自己中心的だとは思いますが。

思いを馳せることは楽しいし大切ですが、結局相手の望むことを完全には理解できません。

自分が嬉しいと思うことを大切にして、他人に接する。

考え方の異なる人とは自然と距離ができるようになりますが、考えに共感してくれる人が近くに増えるようになります。

それはすごく幸せなことだと思うのです。だからきちんと本来の価格で提供します。

もう一つの理由

ちなみにもう一つ理由があって、クリエイターさんなど個人事業主の方とは事情が異なり、私たちは従業員さんを雇用する企業です。お店にある商品は自分ひとりで作ったものではなく、従業員さんの力があってのものです。その対価を従業員さんにお支払いするためにはきちんと定価でいただく必要があります。もし個人的な事情で「お友達価格」をするのであれば、差額分を個人で補填するという考えも同時に持ち合わせておきたいものですね。

一見些細なことかもしれませんが、そんな小さなことを大事にすることで、自分が受け継ぐ会社を大切に育てていけたらなと思います。

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2021年春に家業である澤井コーヒー本店へUターンした3代目が、澤井コーヒー本店のこと、コーヒーにまつわる役に立つお話から役に立たないお話まで、日々発信して参ります。